CREATE CREATE 1997/08/01

金沢からの帰りのこと
(1996/08 のこと)

金沢の旅は、全体的には、とても楽しいものであったため、 話がいきなり最終日の夕方にまで はしょられてしまうのは、作者としても意外なところである。だけど、他人の楽しい話しは、読者にはあまり楽しくないという理論からすると、 ここはやはり省略するのが世のため人のためハードディスクのためであろう。

金沢の旅は7月にNSR250R(っていうのは HONDA の単車の名前なんだよ!)ででかけるはじめてのロングツーリングなのである。だから、期待と不安のいり混じった旅だったんよ。
(2スト車初めてだったし、燃費とかいろいろあるからねー)。

Sunset
卯辰山から金沢の町ごしにみる夕焼け (画像荒いけど…)

金沢での最終日の夕方、わたしは卯辰山で金沢の町とその向こうの海に沈む 夕日を見ていた。
この旅ですっかり金沢市民になりつつあったわたしだが、その一方で、潜在意識が 現実のわたしに訴えるのだ!

  • 「明日は会社だぞー!」
  • 「朝早いぞー!」
  • 「今日中に姫路まで帰れるのかー!」

ええい黙れ!言われんでも、今から出発したるわ!
時計は18時45分をさしていた。
出発すると間もなく、またおれ中のふたつの人格が争っている。

  • 人格A「もう時刻も遅いんだから金沢西インターから高速に乗ってしまえよ。 楽だぞー」
  • 人格B「なに言うてんねん。 高速道路なんていう理不尽でバカ高い道路に乗れるかい。 なんで料金がクルマとほとんど変わらんのや。 おれは、しんどくても、睡眠時間減らしてでも一般道走って帰ったるわい」

そういう感じでしばらく2つの人格は争い続けていたが、 やまんく本体は(いつものクセで)、エポケー状態 (思考停止) に陥いるのみであった。(「億劫」とも言う)。
そして、やはり一般道を走り続けることになるのであった……。
一旦エポケー状態にはいってしまうと、なかなか出られないんよ。
そういうわけで、一般道 (国道8号線) をずっと南下してたのです。

20時半ころ、鯖江あたりを走っていたのだが、 すごくおなかが減ってきたので停車して夕食を取る。(どうでもいいけど、定食に付いてきた茶そば、おいしかった)。
ゆっくりと夕食を取るとともに、これからのスケジュールをよくよく考えてみた。 そしたら、このまま一般道を走っていったら朝の4時くらいにならないと家にたどり着けないことが判明した。

朝の4時ってのは別にかまわないんだけど、 今朝起きてから、単車で富山周辺をずっとうろついて、夕方から帰宅のために走り続けているのだから、 身体がもうボロボロなのである。
身体が疲れたら、理不尽な道路でもなんでも通って、 事故になるようなことだけは避けないとね。
家に4時に着いて2時間ほど眠って、仕事に出かけるとしたら、 ちょっと身体がモチません。

それでも、彦根までは一般道を走り続けてしまった。
かなり眠くなってきたので、ついにあきらめて彦根から名神高速道路に乗った。
ここからかなりの高速で巡航して西宮を目指す。(速度は書けないが、NSR で 6速で 8000〜8500rpm 巡航くらいの速度である)。

彦根から豊中あたりまで、このペースで飛ばしてきた。
やっぱり、高速は高いけど速い。
あっという間にここまで来られたもんなー。日付はまだ月曜日になっていない筈だぞ。

そんなことを考えているとき、右のバックミラーに火の粉が飛び散るのが映った。
右のサイレンサーから飛び散っているように見える。
「うわー」と思いながらも、おれは冷静にクラッチをいつでも切れる準備をしつつ、 速度を 80km/h まで落とした。
エンジンが焼き付きはじめているのか?
でも、焼き付きで火の粉なんて出るのかな?
しかし、こんなに早く新しい単車がダメになってしまうなんて!
でも、夢を見せてくれたからいいや。NSR バンサイ!……

しかし、速度を落とすことによって、火の粉はおさまったのだ。
エンジンの調子も悪くない。
これは大丈夫そうだ!
少なくとも家まではたどり着けそうだぞ。

結局そのまま西宮インターまで走り続けて、ここで高速道路を降りる。 (西宮インターは名神高速の終点なのです)。

料金所の手前あたりでお金を準備するために停車したときに、 ついでにサイレンサーのあたりを見てみた。

そしたら、なんと、 かばんが燃えているではないか。(ボストンバッグのすごくでかいやつ)。
炎が上がっていたわけではないが、かばんが溶けて、 中味が赤々と焼けているのである。
発火寸前である。
急いで足で踏み消して、リュックに入れていた飲料用のバルヴェールで消火した。
鎮火した跡から、焼けた衣類、おみやげ、その他のものを取りだし、虚しくて 笑いが止まらない。(特にシェーバーの焼け方は虚しかった)。

なんとか家に帰り着いたのは、結局夜中の2時だった。
これだったら高速を使わなくてもあんまり変わらなかった。
眠いのですぐに眠ってしまったのであるが、次の日に起きたとき、 放置した焼けかばんから焦げ臭いにおいが部屋じゅうに広がっていた。
また虚しくなってしまった。